私のプロフィール

こんにちは!
石田莉乃 と申します。

数あるブログの中からアクセスしていただき、ありがとうございます!

このブログでは、実体験に基づいて、40代と50代の「お年ごろ」な私たち、それから60代以降のお姉さま方がキラキラするために、ちょっと役立つ情報を発信していきたいと思います。 

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自己紹介

まずは自己紹介です。

仕事を辞めて出産、ウツになる

外資系企業でばりばり働いていた私。
いわゆる「リア充」でした。
お給料はよかったし、海外出張も多く、充実していました。

20代後半で結婚。
妊娠して出産しますが、体調を大きく崩してしまいます。

いろいろ考えて、退職することにしました。
仕事はほんとうに大好きだったのですが、とにかく体調が悪くて気力がなかったのです。
上司はわざわざ家に来て説得してくれたのですが、何もかも中途半端になってしまう気がして・・・。

 

急に社会との接点を失ってしまい、完全に混乱しました。

当時はインターネットがない時代。
唯一の接点はといえば、「郵便物」だったんですよ~。
毎日毎日、赤ちゃんの子供をだっこして、頻繁にポストのあたりをうろうろしていました。
郵便屋さんを待ってたんです、ずーっと。
ダイレクトメールさえも嬉しかったことを憶えています。

状況はますます悪化

NHKの朝のニュースで、職場があった丸の内が映ると涙が流れ、夕方になるとなぜかとっても悲しくなって涙が流れ、子供の泣き声を聞くと喉が詰まるような感覚に陥りました。

当時の育児日記を見てみると、子供の様子ではなく、なぜか天気のことばかりが書かれています・・・。
最高気温とか、風が強いとか、なぜかそんなことばかり。
変ですよね?

その頃は、今のように「ウツ」があまり取り上げられていなかったのですが、今から考えると完全にウツだったと思います。
仕事を失ったウツと産後ウツのダブルパンチですね。

当時の私にとって、なにがショックだったかというと。

私は、小さい頃からまぁ何でもこなせる「できる子」だったのです。
それまでの人生、まずまず順調でした。

ところが、出産とその後の生活は私の想定から大きく外れていたのです。
ものすごい閉塞感・・・。
そして、「自分は強い人間である」と思っていたので、ダメダメな状態の自分がショックだったし腹も立ちました。

毎日のように「なぜ、こうなっちゃったんだろう???」と問いかけ、すべて自分で決めたことなのだと気付き、さらに苦しくなる・・・という繰り返しでした。

朝、手がこわばって開かなくなり、リウマチの疑いで検査したのもこの頃です。
何年も後になって、女性ホルモンの急激な変化によるものだとわかったのですが、当時は「これからどうなっちゃうんだろう・・・そのうち関節が変形するんだろうか・・・」と、とても不安でした。

それでも誰にも相談しなかったのです・・・(というか、できなかった)。
家族や母にも明るく振る舞っていました。
今から思えば、変な「プライド」でしたね。
渦中にいた私にとっては、なんだかいろんなことが見えなくて、わからなくなっちゃっていたのです・・・。

何かしないとだめになる~!

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出口が見えない中、「何か始めないとだめになる!」と切実に思った私は、翻訳の勉強を始めます。
外資系での実務経験を活かせて、しかも自宅でできる仕事、ということで、消去法で選びました。

翻訳学校にも行き始めます。
幸運にも良い先生に巡り会うことができ、1年で少しずつ仕事をいただけるようになりました。

仕事を1つずつこつこつがんばりました。

自宅で子供の面倒を見ながら、忙しいときはシッターさんの協力を得ながら(稼いだお金がほぼシッターさん代に消えることも・・・)、なんとか軌道に乗せることができ、忙しい日々を送るようになったのです。

収入は、外資系時代には遠く及ばなかったけど、ウツ状態を脱却でき、日常にハリが出てきました。
身体のまわりにあったモヤモヤしたものが消えていき、霧が晴れてゆくような感じがしました。

別離

人生にはいろんな別離がやってきますよね。

私の場合、まず奥さま業を挫折(2回も~ 笑)

でも、案外大丈夫だったのです。
なぜならば、母がいてくれたからです。

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実家は車ですぐの場所にあり、週末には子供を連れて入り浸っていました。

 

ところが、母は60歳のときにガンが発覚。
膵臓ガンでした。

翻訳の仕事って、最先端の技術や製品に関する文書を扱うことが多いのですが、そんなときは裏をとるために膨大な情報検索をします。
その検索スキルを駆使して、ガンに効果的な民間療法を検索しまくりました。
日本で売っていないサプリを個人輸入したり。
効いたものもあれば、効かなかったものもあります。

しかし、癌の中でも一番手強いといわれる膵臓ガンには克てず、母は61歳で亡くなってしまいます。
ガンが見つかってから、8ヵ月でした。

長くて暗いトンネル

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母の闘病中、私は母の病気をみないふりをして生活していました。

母が癌だということも認めたくなかったし、弱っていくのも認めたくなかった。
向き合うことができませんでした。

私にとって母は「頼りになる強い人」だったし、ずーっとそうあって欲しかったのです。
だから、弱っていくのが腹立たしいという思いもありました・・・。
「おかーさん、しっかりしてよっ!」って、心の中では怒っていました・・・(涙)

 

最後、母の心電図のモニターの波形が崩れていくのを、ぼーっと見ていました。

 

母が亡くなってからしばらくの間、どのように生活していたのかまったく記憶がないんです。

お葬式のときも泣きませんでした。
すべてが人ごとのように流れていって。
自分の悲しみを完璧に無視していました。

今から思えば、ある種の自己防衛だったのかなぁと思います。

母が亡くなってしばらくしても、まったく実感がわかず。
そうなると、「これは全部ウソで、もしかしたら生きてるんじゃないか???」と本気で思ったりするんですよ。

母はおもしろい人だったので、「もしかしたら、これは母が仕掛けたドッキリじゃないか?」なんて、かなりまじめに考えたりもしました。
そして、「もしかしたら、ひょっこり出てくる可能性もあるんじゃないか?!」と、母とよく一緒にランチを食べに行った街へと母を探しに行ったり(で、当然のことながらひょっこり出てくることはなく・・・)。

人は泣くべきときに泣かないとダメですね。
たまった悲しみは蒸発しません。そのまま発酵し、長いことずーんとボディに効くのです。

父との確執

父にも異変が。

父は母が亡くなってから、かなり深刻なウツに陥ります。
結局、父は復活するまで5年かかりました。

父と母は決して仲良い夫婦ではなかったし、母の闘病中からいろいろな行き違いがあったので、私としては「お母さんに優しくしなかったくせに、ウツ?はぁ?」という感じ。

夫婦には、子供にはわからない関係性があるものですが、当時の私にはわかりませんでした。

そして、以前からそんなに良くなかった父との関係がさらに悪化・・・。

スピリチュアルとの出会い

ある程度月日が経つと、「今、母はどこでどうしているんだろう?」という思いが強くなってきます。
そして、病気の母と向き合えなかった後悔。
ガンを告知しなかった後悔、最後に「ありがとう」と言えなかった後悔・・・。

そこから、スピリチュアルな学びが始まりました。

「ジェットコースターのような人生は辞めよう。平和に生きよう」と決心し、いろんなことをやってみました。

その過程で、完全にスピリチュアルな世界に行ってしまっている人たちとも出会います。
実生活がうわの空で、ふわふわしている人たち・・・。

「私は、地に足を付けたスピリチュアルを実践していきたい」と強く思うようになりました。

母が亡くなってから15年

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少しずついろんなことが和らいでいって、父との関係も良好になりました。

父には「自分勝手な人」というレッテルを貼っていたけど、今では家族に対してとても深い愛を持っていることを実感しています。

もしも母が長生きしていたら、父とはずっと疎遠だったでしょう。
本当の父を知らずに過ごしたかもしれません。

今、私は父のことを人間としても仕事人としても尊敬しています。
母がいないのは寂しいけれど、父との関係は母がくれたプレゼントだと感謝しています♪♪♪

 

現在、日々小さなことはいっぱいあるけれど、無事にジェットコースターから降りることができたようです。
朝元気に目覚めて、夜は暖かい布団に感謝して寝る、という平和が訪れた気がしています。

更年期

フリーランスは大変です。
有休もないしボーナスもありません。
でも一番大変なのは、納期が決まっているので体調を崩せないこと。

常にベストコンディションをキープする必要があります。

ですから、体調には細心の注意を払い、ちょっとおかしいな、と思うと絶対にムリをしないようにしています。
フリーランスになってから熱が出たこともないし、寝込んでもせいぜい半日で復活していました。

ところがーっ!
更年期というものがやってきました。

母を含め、更年期に苦しむ方々の話はよく聞いていたので、「とにかく快適に過ごそう!」と決心しました。

メンタル弱いってことがわかったので、とにかくストレスを回避。

そして、いままでの経験から、「毎日元気に過ごすメンタルを維持するには土台になる身体が大事」ということも実感していたので、身体によいものを厳選しよう、と思いました。

気分がぱっとしない時には、まず身体を見直すとよいですよね。

 

更年期で先の見えない状態に苦労している方もいらっしゃると思います。
母が酷い更年期に苦しんだので、わかります。
更年期は人それぞれなので正解はありませんが、経験をもとに情報をシェアできたらな、と思っています。

今までいろんな経験をして、他人に優しくなったし、なによりも自分に優しくなりました。

ブログを始めた理由

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40代って「アラフォー」という言葉があるように、スポットライトが当たってる元気な年代だと思うんです。
それに比べて50代って、キラキラ度が乏しい感じがしませんか?

50代って子供も大きくなり、いろいろ自分に手間をかけられる年齢であるはずですが、更年期はもちろん、仕事、介護などいろいろ課題もありますよね。
離婚や結婚(再婚)を考えている方もいらっしゃると思うし。

 

母のガンが見つかったのは60歳です。
「このガンが発生したのは10年くらい前ですね」と言われました。
ということは、50歳くらいのときに、ちっちゃなガン細胞ができていたわけです。

元夫(医師 ↓ 下記参照)いわく、「これまでの患者さんみてると、なぜか72歳を健康に乗り切った人は、その先も健康で長生きするんだよなぁ」(これはあくまで個人的な経験をもとにしたデータで、科学的根拠はまったくありません)。

こういうことをいろいろ考えると、50代・60代って大事なのです。

自分にぴったりの「キラキラする方法」を見つけたい

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いつもキレイで、心も体もキラキラしていたいですね。

でも、情報が溢れている今、どれを信じていいのやら・・・。
スーパーフードは次々登場するし、TVの健康番組では「実は間違っていた!」みたいな特集も多いし・・・。

過剰なこだわりを持たない

皆さん、「健康」と「美容」のこだわりはありますか?

オーガニックでベジタリアン、修行や宗教のように超自然派を目指す人に、私はなりたくありません。
だって、キレイじゃない人(というか色気がない人)が多い気がする~(← 独断と偏見ですっ)。

スーパーフードやサプリを採り入れまくり、美容にもお金をふんだんに使っている人にも、私はなりたくありません。
だって、それならキレイで当然だし、なんか必死な感じがする~(← 独断と偏見ですっ)。

 

いずれにしても、完璧主義は疲れそう。
コストや手間もかけたくありません。

押さえるところは押さえつつ、ほどほど健康で、経済的/作業的に持続可能なことをしていきたいと思っています。

80点でいいや、という感じかな~。

更年期と闘わない

更年期は、これまで家族のためにがんばってきた方が、もっと自分のことに集中して、自分最優先でわがままになってよい時期なのだと思っています。

それによって、これからの人生を充実させるための「道」が見えてくるような気がします。
まぁ、立ち止まって考える「作戦タイム」のようなものです。

この先の人生、勢いでこのまま飛ばしていくのではなく、食事や身体のこと、じっくり作戦を練った方が、キラキラした老後が待っているような気がするんですね。

更年期に立ち向かうのではなく、ちょっと立ち止まってみませんか。

 

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ブログの主な登場人物

このブログでは、 私以外に、次の3人はよく登場すると思いますので、よろしくお願いいたします。

私(実物よりキレイに撮っていただきました~!)

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3歳のとき父の転勤で東京へ。
それ以来ずーっと東京です(途中、事情があって2ヵ月だけ沖縄で生活)。

両親を含めて親戚は全員関西なので、食文化は関西(白味噌、白だし、天ぷらはウスターソース、おでん食べない、納豆食べない、などなど)です。

現在50代、人見知り。
みんなでわいわい騒ぐのが苦手です。

前世で「村はずれの魔女」だったことがあると言われました。
今もそんな感じです ♪
魔術は使えないけど、おうちにこもって仕事しながら、ちょっと離れたところから世間を見ています。

子供は2人(長男は社会人になって独立、次男は高校生)。
 

現在、次男とトイプードル(13歳)と同居中。
犬の健康維持も重要です。

日々、「長生きしてね・・・」と呪文をささやいています。

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昭和13年生まれ。

高度成長期時代を駆け抜けた元モーレツ銀行員。

現在はリタイアして悠々自適です。
若い頃東京に転勤してから人生の大半を東京で過ごすも、こてこての大阪弁。
「標準語だから大阪出身なんてわかりませんでした、ってよく言われる」というけど、それはたぶんウソです☆

妻(私の母)を亡くしてシングル。
母親(私の祖母、90代)、妹(私の叔母)と3人で大阪で生活しています。
そして、1ヵ月の半分は上京し、東京のマンションでカノジョ(なんと~!)と楽しく生活しています。

趣味は健康と運動。
大好物はステーキと、「お若いですね!」というお褒めの言葉。
ステーキを毎日もりもり食べてジョギングを欠かさず、SK-IIのローションでお肌を整えます。
ゴルフ大好き。
実際、年齢より相当若いし健康です。負けそー・・・。

妹(韓国バージョン)

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バツいち、子供2人(社会人と大学生)。

大学で韓国語の非常勤講師をしています(韓国の衣装を着て記念撮影。日本人です~)
韓国語の学習書をいっぱい出しています。
韓国語と韓流に興味のあるかたはコチラ:韓国語ドラマとネコと、あとすこし
(私は英語で妹は韓国語ですが、なぜか2人とも語学関連の仕事をしています)。

元々身体はあまり強くありません。
子宮筋腫持ち、耳管狭窄、便秘、冷え性などなど、絶好調とはいえない状態ですが、よく働きます。

この3人で、月1回、食事をして近況報告や情報交換しています。

まっちゃん(元夫)

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開業医(内科)です。

医療関連のことは、「ホントはどうなの?」と質問すると、「こうでしょ」と教えてくれたりします。

サプリ情報、腕のいい先生の紹介、やぶ医者情報など、助かっております。
在宅看護もやる優しい人。ガンの母が大変お世話になりました。

今から思えば、謝りたいこともいっぱいあるし、感謝の気持ちもいっぱいあります。
今の距離感が快適~!
つかず離れず、適度に仲良くしています。

 

お問い合わせ

どうぞお気軽にメール下さい~!
お待ちしております。

こちらのメールフォーム:

または、以下のアドレスまで:
kirakira3588★za2.so-net.ne.jp
(★を@に変えてください)

よろしくお願いいたします!

 

最後に、私が好きな言葉を紹介させてください!

Every wall is a door. And you have the key.
すべての壁は扉。そして、そのカギを持つのはあなた。

~ アメリカの哲学者、ラルフ・ワルド・エマーソンの言葉

 

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